誘惑に遭っている同様の兄弟への書簡

我が兄弟よ、何よりもまず言わなければならないのは、我々は神の摂理の道を知らない、ということです。それゆえに我々に関わること全てを神が整えて下さるように神に任せるのです。ならばなおさら今このように行動しなければなりません。あなたが自分の全ての悲しみを神に委託する代わりに、人間的な思惑で起こっていることを判断したいと思うのなら、このような考えは単にあなたを惑わすことになるでしょう。それゆえあなたに相反する考えが起こり、あなたを締め付けるなら、あなたは神に向かって呼びかけなければなりません。「主よ。爾が欲するがごとく、爾が知るがごとくこのことを整え給え」と。なぜなら神の摂理は我々の考慮や希望をはるかに超えて行われるからです。そしてそれは時として我々の体験が示すこととは異なります。一言で言えば、誘惑の時には耐えて祈ることが必要なのであり、上述したように人間的な考えで悪魔的な考えを克服することができると願ったり思ったりしてはなりません。このことを知って師父ピーメンは言いました。「『明日のことを慮るな。(マトフェイ六章三十四節)』と命じた格言は誘惑に遭っている人に向けて言われているのである」と。

ゆえに、我が子よ、このことが真実だ、と信じて、あらゆる自分固有の考えを棄てなさい。たとえそれが道理に適ったものであっても。そして神に希望を置きなさい。この希望は我々が頼んだり、考えたりする以上の、比較にならないくらい多くのことを成し遂げます(エフェス三章二十節)。私はあなたが言ったこと全てに答えることもできたのでが、あなたに対しても、自分自身にでさえも反駁(はんばく)したくありません。ただあなたに神に希望を持つ道を示したいと望んだのです。なぜなら、この道は最も安全で最も堅固なる道だからです。主があなたと共にいますように。