克肖者、師父ドロフェイの書簡
無感覚と愛が冷えることについて質問した兄弟への教訓的な書簡
兄弟よ、霊(たましい)が無感覚になった時は、頻繁に聖書や捧神なる師父たちの慰めに満ちた言葉を誦読し、神の恐るべき審判について、体から霊が離脱すること、霊が出会う恐ろしい悪鬼について記憶することが有益です。この悪鬼たちが関与して、この短い災いの多い人生において、霊は悪を行っていたのです。同様に有益なのは、私たちがハリストスの恐るべき義なる審判の前に立たなければならないということを、思い出すことです。そして行いだけでなく、言葉においても思いにおいても神の前で、全ての天使の前で、そして概して全被造物の前で、答えなければならないということです。
同様に恐るべき義なる審判が、主の左側に立っている人に言い渡した判決を頻繁に思い起こしなさい。「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。(マトフェイ(マタイ)二十五章四十一節)」同様に偉大なる人類の悲しみを思い起こすのもいいことです。それはたとえ不本意であってもこのようにして残酷で無感覚な霊が和らぎ、自分の罪深さを認めるようになるためです。
一方あなたが兄弟愛において疲れ果てるというのは、あなたが隣人に対する猜疑心の考えを受け入れ、自分の心を信じているからです。このことがあなたに起こったのは、同様にあなたが自分の意に反したことを何も忍ぼうとしないからです。同様に何よりもまず、あなたは神の助けによって決して自分の考えを信じてはいけないし、全力を尽くしてあなたの兄弟たちの前で遜るように努力しなければなりません。そして霊を尽くし、彼らの前で自分の意志を捨てなければなりません。もし兄弟たちのうちの誰かがあなたの癪(しゃく)に障ることをしたり、何かのことであなたを悲しませたりするのなら、師父たちの言葉に従って、あなたは、あたかもあなたに偉大なる利益をもたらし、あなたの淫欲を癒す者であるかのように、彼らのために祈りなさい。このことによって、あなたの癇癪(かんしゃく)は少なくなるでしょう。なぜなら聖師父の言葉に依れば、愛とは癇癪のくつわだからです。何よりもまず、神があなたに注意と理性を与えて下さるように祈りなさい。なぜならあなたが「何が善なる、神に喜ばれる、また完全な神の御心であるか(ロマ十二章二節)」、また同様に全ての善い業に備えられた力を知ることができるためです。蓋(けだし)、神に凡その光栄、尊貴、伏拝は世々に帰す。アミン。








