霊的な知恵の宝石箱 より
«Ларец мудрости духовной»
苦難について
О скорбях
なぜ 我々は苦しむのか
善行には苦難が伴う。苦難から逃れようとする人は、疑う余地なく善行からも離れてしまう。もし善行を願うのなら、あらゆる苦難に自分を捧げなさい。なぜなら苦難は謙遜を生むからだ。
――シリアの聖イサアク
苦難を忍耐しなさい。なぜなら丁度茨の中にバラの花があるように、苦難の中に善行が芽をだし熟するからである。
――シナイの克肖者ニル
神は魂が清らかで明るくなるまでの間、不幸という誘惑を人々の魂に許す。
――成聖者金口イオアン
もしあなたに罪があるなら、それは苦難によって簡単に焼き払われ、根絶される。もしあなたに善行があるのなら、苦難によって善行はより明るく、輝かしいものになる。
――成聖者金口イオアン
叱責され怒鳴られると罪が拭われる。
――グリンスクの長老アルヒップ
多くの試練と忍耐を通して人は経験をつみ、このことから自分の弱さと神の力を知る。
――神品致命者ダマスコのペトル
何かの苦難を耐えることは、善い行いをするのと同様に為になる。
――成聖者金口イオアン
神に選ばれた人々に運命づけられているのは、永遠の福楽を享受するために、この世で地獄を耐え抜き、地獄の悲しみの杯を飲み干すことだ。ここで地獄に住まないのなら、将来天国にも住めないだろう。
――イオアン・トロイツキー長老
しばしばあることだが、神の采配によって何か物質的なもの、時間的なものが取り上げられるかわりに、道徳的なもの、霊的なものが与えられる。
――成聖者イグナチイ・ブランチャニーノフ
あらゆる不幸は心の中にある秘められた欲望をあらわにする。欲望が動きだすからである。
――成聖者イグナチイ・ブランチャニーノフ
知性の目を天の住まいにあげ、そこにいるすべての居住者を見なさい。忍耐の道を通らずしてそこにたどり着いた人は一人もいないだろう。
――成聖者ティーホン・ザドンスキー
どのように悲しみを耐えるか
どのような災難があなたに襲いかかろうとも、自分以外の誰のせいにしてもいけない。こう言いなさい。「これが私に起こったのは私の罪のせいだ」と。
――師父オル
試練と出会ったら、なぜ、何のためにこれがやって来たのかと詮索してはならない。そうではなく、感謝をもって、悲しまず、恨みを持たずに試練を忍耐するように心掛けなさい。――
――克肖者・苦行者マルク
私たちに起こることは全て、ごく些細なことでも神の摂理によって起こるのだ、ということを信じなさい。その時、あなたは困惑することなく、あなたに襲い掛かるものすべてを耐え忍ぶだろう。
――師父ドロフェイ
全力をもって魂の平安を守り、うけた侮辱にむきにならないように努めなさい。逆にあたかも侮辱があなたに触れなかったかのように、それらに関心をもたないように努めなさい。このような訓練によって私たちの心には静けさがもたらされ、心は聖神の住まいとなりうるのである。
――克肖者サーロフのセラフィム
もし忍耐強く、不平をこぼさず、困惑なく、逆に感謝をもってあらゆる試練を耐えるのなら、我々の魂の衣は輝くであろう。そしてこの世においてもどれだけ幸福になることだろう。
――掌院フェオファーン・ノヴォゼールスキー
すべてのことを神に感謝!この言葉は悪魔に致命傷を与え、あらゆる不幸に際し、この言葉を言う人に励ましと慰めへの強い手段を提供する。(特に苦難の時)決してこの言葉を発することを止めてはならない。このことを他の人に教えてあげなさい。
――成聖者金口イオアン
神からの窮屈さ・・・これを耐えて感謝しよう。しかしもし近くにそれを排除する手段があるのなら、それも神からのもので、それを利用し、窮屈から自由になる分には何の罪もない。
――成聖者・隠遁者フェオファーン
神の前での服従をもって苦しむ者、病を患う者、悲嘆する者、感謝する者、自分の悲哀に満ちた生活を忍耐する者。これらの者も致命者のようだ。これらの者には現在の苦難も価値がなく、福楽と喜びが用意されている。
――成聖者・隠遁者フェオファーン
ハリストスは十字架上での忍耐によって敵に勝ち、忍耐によって地獄を滅ぼし、闇を追い払い、我々の救いを成し遂げた。我々の太祖アダムが不摂生と忍耐のなさから滅ぼしたものを、我等の救主は悲哀をなめ、十字架上で忍耐したことによって獲得した。主は我々のためにどれ程の苦しみを受けられ、我々のためにどれほど忍耐されたにも関わらず、あなたはやはり主のために何も忍耐したくない。それ故、この暫時の命の間、神から送られた苦難を勇敢に耐え忍びなさい。それは来世で永遠にそのことに喜ぶためである。なぜならここで苦難を忍耐しない者は、後に喜びも享受することがないからだ。
――成聖者ロストフのドミトリィ
あらゆる不快なものを主ご自身から送られた治療として、喜びをもって受け止めなさい。あなたの周囲にいる人々をあなたの善のための神の道具として見、また彼等の裏に常にあなたに善を施す神の御手を見なさい。そして全てのことにつけ言いなさい。「主よ、光栄は爾に帰す!」と。しかしこれを単に舌だけで唱えるのではなく、思いと感覚によって唱えられるように努力しなさい。
――成聖者・隠遁者フェオファーン
自分を責めることを保ちなさい。水の中に落ちた人が彼に投げられた縄をつかむように。そうすれば困惑と苦難の溺死から免れられるだろう。
――成聖者イグナチイ・ブランチャニーノフ
忍耐しなさい。そうすれば神の憐みを見ることができるだろう。
――成聖者イグナチイ・ブランチャニーノフ
師父マカリイに尋ねた。「誘惑の時にどのように祈ったらいいですか」彼は答えた。もし誘惑が襲ったなら、言いなさい。「主よ、助けよ!」主は我々に有益なものをご存知である。そして主はそのように我々に行うのである。
――昔の聖師父録
悲しみの内にありながらいかに喜ぶか
よりためになるのは常に喜ぶことで、失敗した時に憂いたりすることではない。我々が喜ぶことができるのは、失敗によって神が我々を謙遜にさせることを神に感謝する時だけである。それはあたかも意図せず我々を主のもとへと走りつかせるかの如くである。
――克肖者オプチナのアンブロシイ
我々の内に喜びがあるのは頻繁に神を記憶することによる。書かれているとおりである。
「我神を記憶して喜ぶ」」
――克肖者オプチナのアンブロシイ
喜びの始めとは自分のおかれた状況に満足することである。
――克肖者オプチナのアンブロシイ








