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ロシアの風景 正教会の生活 (エッセイ集)

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 ロシアで迎えた復活祭
 チャイコフスキーのピアノコンチェルト第一番の出だしを聴く時、いつもロシアの広大な大地を思い出す。広々とした草原、果てしなく続く白樺の林、低く昇る太陽の光に照らしだされた、淡いパステルカラーの風景。スモークブルーの空、優しい緑の森、冬にはこれが雪で白一色になり風景全体が輝く・・・このようなロシアの大地を一1時間ほど走ると目指す教会があった。至聖三者セルギイ大修道院の創立者として有名な聖セルギイが育った村、ラドネジの主の変容聖堂である。白い小さな教会が冬の白い景色の中に溶け込んでいる。私がロシアで最初に迎えた復活祭はこの聖堂であった。
  私が到着したのは、正教会で復活祭を迎える準備期間にあたる大斎(おおものいみ)の第1週だった。復活祭とは正教会の最大の祭りで、毎年春に祝われる。
 ***
この偉大なる復活祭を清らかな心で迎えるために正教徒は7週間にわたる準備をする。
 ***
私が到着したのはこの大斎であった。
 聖堂に入るとそこの空気が少し白く感じられた。暖房が入っているので、寒気による人の息ではない。恩寵による穏やかでやさしく、純潔な空気がその聖性にいよって白く輝くように感じられたのである。大斎の祈祷は普段の祈祷より長い。朝の6時に始まり、終わるのは昼の11時半、12時半である。最初私はとても長時間の祈祷には耐えられないと思ったが、聖堂の中に入り、祈祷が始まると、すでに時間の存在しない天国の永遠がこの世と交流しているかのように、時間が感じられなかった。朝の祈祷はとても心地よい静けさに満ちていた。その中でこの世の荒波で荒れ狂っていた心が段々と穏やかになっていく。静かな安らぎ、平安を胸の内に感じる。祈祷が終わるとき、何かこの安らぎの時空から外に出るのが残念になる。
 祈祷の後は各自の仕事が始まる。復活祭の前なので、私は復活祭の卵を描く工房に案内された。正教会では復活祭に赤い卵を人にあげる習慣がある。命を内に秘めた卵は復活のしるしで、伝承によれば、キリストの女弟子マグダラのマリヤがローマのティベリウス皇帝に赤い卵を渡し「ハリストス復活(キリストは復活せり)」と言ったのが始めという。(注:ハリストスとはキリストのギリシャ語、ロシア語の発音である。それでギリシャからロシアを通って日本に伝えられた正教もキリストのことをハリストスと言うのである)。ロシアでは現在でも復活祭に赤い卵を用意し、それを家族で食べたり、プレゼントしあったりする。また本物の卵だけでなく、木や陶器でできた芸術作品ともいえるような卵も多く作られる。そこには赤い卵にキリストを抱いたマリヤ像などが描かれ、家の飾り物ともなる。教会の工房えは特別に注文した卵型の木に色を塗り、各自がそれぞれ美しい絵を描くという、復活祭の贈り物を準備していた。私も2つほど描かせてもらった。
 教会の下には小川が流れ、その横から湧き出している泉の水が小川に流れ込んでいる。この泉は聖セルギイの泉と呼ばれており、奇跡をおこす力がある聖なる泉として有名である。この泉の水によって多くの人の不治の病が治り、現在でも多くの奇跡を生んでいる。ラドネジを紹介して下さったのはギリシャの神父様だったが、ずっとラドネジがどこにあるのか知らなかった。するとしばらくしてロシアから来たという家族が日本のロシア教会に参祷し、私は彼女が奇跡をおこなう神父がいると言っていたのを、教会の食堂で聴いた。お母さんの話にいよると、彼女の娘さんは不治の病を負い、死を待つしかなかった。そこにラドネジで祈りによって病を治すN神父様と奇跡の泉の話を聞いた。お母さん曰く、娘さんが泉につかると高熱がでた。そして熱が下がると病は治癒し、以後元気に暮らしているという。この奇跡に一家皆が洗礼を受けたという。この家族からラドネジの生き方を教えてもらった。
 そこで宿泊施設のあるこの教会にも、ただの巡礼者のほかに、医者から見放された難病をかかえる人々もまた多く滞在しており、彼らは各自の信仰の度合いに応じて、またN神父の祈りによって癒しを受けている。この教会に着いた時、私にはどの医者も治せない胃の病気があった。すぐに痛むので効き目は薄いが胃薬は手放せなかった。そこで私も泉の恩寵にあずかることにした。極寒の寒さの中でも人々が泉の恩寵にあずかろうと詰めかけてくる。泉の流れ込んでいる小川の上に小さな木の小屋がたてられ、そこで脱衣できるようになっている。小屋の下は小川であり、小さな梯子を伝って小川の中に聖三者(キリスト教の髪は神・父、神・子、神・聖神(せいしん)の三位一体である)の御名によって入る。「父と子と聖神の御名によって、アミン」そして頭まで水につかる。これを3回繰り返したのち、バケツにくんだ清らかな泉の水を全身に浴びる。浴びた後は何か考えまで浄まったかのような爽快感が心に広がり、体も軽くなったように感じられる。これを私は復活祭が終わるまで繰り返した。
 ロシアの冬は寒い。私は変なことから風邪をひいてしまった。泉とは関係ない。ただ慣れない生活にストレスがたまり、心の中で愚痴を言いだしたのである。愚痴をこぼすことも罪の1つである。本来のクリスチャンならすべてを神の御手からいただいたものとして謙遜に感謝するべきであったのだ。すると神様からの罰のように咳がとまらなくなった。日本から風邪薬も持ってきたが、神様に治してもらおうと飲むのを我慢していた。教会に住んでいる女の子が蜂蜜とレモンの入った紅茶を持ってきてくださり、温まったのを覚えている。しかしそれでも咳は止まらなかった。私は神父さんの言いつけを守るように努力していた。というのはN神父は病気を治す賜物をもっていたからである。
 復活祭間近の生神女福音祭(マリヤの受胎告知を祝う正教会のお祭り)のことである。私には聖歌隊で歌うことが祝福(許可)されていたので右側の聖歌隊席にいた。そこでも私は咳をして聖歌を乱していた。しかしこの福音祭の聖体礼儀が始まり、神父様がいい香りのする乳香をたいた香炉を振りながら聖歌隊席に来たとき、神父様は突然、透き通るような優しい目をして私に言った。「恩寵が触れたかね」。私は何のことか分からずきょとんとしていた。すると聖歌隊の女性が笑いながら私に尋ねた。「もう咳はしないの?」気が付かなかったが、そういえば、お祭りの祈祷が始まってから、私は咳き込まなくなっていたのである。不思議なことがあるものだと思っていたが、考えによって再び罪を犯したとき、せっかく治った咳が戻ってきてしまった。行動に出さなくても、心の中で悪い考えをもつこともあるのだ。これも心を清めるための修道院での生活にふさわしくなかったのだ。
 私はロシアで迎える最初の復活祭で復活祭の聖歌を歌いたかった。そこで部屋に帰って神様に祈った。「どうか復活祭までに病気を治して下さい」
 ***
 復活祭は夜半に始まる。私は何とはなしに緊張していた。祈祷までの時間がとても長く感じられた。ようやく聖堂で祈祷が始まる。まずは夜半課という祈祷が読まれる。復活祭前のおよそ夜中の11時半である。眠りの聖像の前での最後の祈祷が終わり、そして午前0時前に皆が聖堂を出、聖堂の周囲を回る十字行が始まる。鐘の音が響き渡るなか静かに聖歌が歌われる。「ハリストス救世主や、神の使いら天において、汝の復活を崇め歌う。我らも地において潔き心をもって汝をほめ歌わしめ給え。」聖堂の門までくると、司祭は祈りを始める高声を高らかに勝ち誇ったかのように唱える。「光栄は一性にして生命を施す別れざる聖三者に帰す、今も何時も世世に」そして歌う。「ハリストス死より復活し、死をもって死を滅ぼし、墓にあるものに命を給えり。」聖堂の中に入るとすでに「眠りの聖像」が象徴する主の遺体はない。主の復活を象っているのである(聖書には三日目の日曜日の明け方、女弟子たちが主の墓が空になっているのを発見し、訝っている彼女たちにキリストが復活した姿で現れて「喜べよ」とあいさつした出来事が記載されている)。復活を宣言する聖歌が聖堂にこだまする。さきほどまでの静かで抑制されていた祈祷と聖歌が一転して爆発するような喜びの祈祷となる。「ハリストス復活!」「実に復活!」周囲の皆が喜びで顔をほころばせ、頬を赤く染めている。湯気のような熱気で聖堂内が熱くなる。「ハリストス復活!」N神父さんは私たちが工房で用意した飾り卵を会衆にむかって投げた。「実に復活!」うれしそうに卵を受け止める。神父さんも赤の祭服に着替えられており、まるで教会全体が喜びを積んだ船のようだ。私は聖歌を歌っていたが、すでに咳はでなかった。祈った通り、復活祭の祈祷が始まった瞬間に咳がやんだのである。
 復活祭の祈祷は夜明けごろに終わり、7週間の節制から解放されて、お祭りの食卓となる。食卓には卵、卵をふんだんにいれたクリーチという復活祭のお菓子、パスハ(復活祭)という名のカッテージチーズのお菓子などがならぶ。すっかりお祭りムードになる。「ハリストス復活」「実に復活」挨拶をかわしながら、赤く染めた卵をコツコツとぶつけて穴をあけ、主の復活の喜びをかみしめながら卵をいただく。
 これから1週間は光明週間という復活祭のお祭りの週である。毎日の聖体礼儀(カトリックで言うミサにあたる)の後には十字行が行われ、そこで四福音書の主の復活の箇所が読まれる。「ハリストス復活!」「実に復活!」この応答が人々の挨拶の代わりとなり、復活祭期中この喜びの挨拶がいたるところで聞かれる。光明週間は毎日朝から晩まで鐘が打ち鳴らされ、キリストの復活の喜びを知らせる。私も鐘楼に登らせてもらった。高い鐘つき堂の上からラドネジの村、広がる草原、森林、家々が見渡せる。下の世界はもう緑だった。この7週間の間に景色は白から緑に変わっていったのである。まさしく喜びの春、復活の春、命の春を迎えたのだ。そしてこの旅が終わって帰国した時、あることに気がついた。手放せなかった胃薬をもう何週間も飲んでいなかったという事実を。そしてこの大斎での清めのあと、日本に戻ってきてさらに気付かされたことがある。以前話すことが苦手だった知人が愛すべき隣人として目にとびこんんえきたという事実に。主の変容聖堂で私の心も幾分変容したのだろうか。まさに生きた主の恩寵と出会ったロシアでの復活祭だった。「ハリストス復活!」「実に復活!」
友愛のロシア―貧しき人々との交流
 キリスト教の復活、聖なるロシアへの回帰を目指すロシアの教会では本当に心温まる出会いがあった。それは日本ではあまりかかわることのなかった貧しき人々との出会いである。
 正教会では個人の個性、人格といったユニークさを尊重しながらも、集団としての一致を忘れることがない。キリスト教は愛の宗教であり、愛は互いの一致、交わりの中にあるからだ。
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The light of Orthodox

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